



947年創建。御祭神 菅原道真公。
神徳 学業成就、芸能上達、五穀豊穣。
全国の天満宮(約12,000社)、天神社の総本山。
平安時代の901年 右大臣菅原道真が左大臣藤原時平の讒言にあって太宰府に左遷され、2年後に道真は太宰府で無念の死を遂げた。
その後、藤原時平が無くなり、落雷の災害が相次ぐと、これが道真の怨霊による祟りと信じられた。その後、天皇の住まいである清涼殿にも落雷があり(930年)、3か月後に醍醐天皇が崩御すると、朝廷はさらに恐れおののいた。道真の怨霊は天満大自在天人となったとも、火雷天神であるともされた。
このため947年に村上天皇の勅命により平安京の北西、天門にあたる北野の地に菅原道真公をまつったことが始まり。
菅原道真は学問のみならず、和歌や芸能、戦勝祈願の神としても敬われ、北野の地は各時代において芸能と文化の一大発信拠点となった。
源氏の重刀である「鬼切丸」という平安時代に作られた刀剣も天満宮は保有している。源満仲が戸蔵山の鬼を切ったことから鬼切と名付けられた。銘 安綱、号 鬼切丸、別名 髭切。安綱は刀の鍛冶師の名前。
楼門をくぐると「三光門」と呼ばれる中門がある。「星欠けの三光門」とも呼ばれ、太陽と月が彫刻されている。北野天満宮は北極星が輝く聖地であり、三光の星は上空の北極星を指す。
御本殿は八棟造(やつむねづくり)という造りで、いくつもの棟が集まっている様に屋根が重なり合っているが、実はひとつの空間として構成されている。1607年に豊臣秀頼公が造営。国宝。絢爛豪華な桃山文化を今に伝える。
訪問は2月だったので、境内は梅の花が満開だった。高貴でほのかに甘い香りがあたりに充満していた。
道真は梅花をこよなく愛されたと伝わる。梅は御神木として天満宮の象徴となっている。特に「飛梅(とびうめ)」は境内におよそ1,500本ある梅木の中で、御神前に植えられることを許された唯一の梅である。
天神社では牛が神の使い。菅原道真が丑年生まれだったことも関係する。道真は「天満大自在天神」になるが、「大自在天」は元々ヒンズー教の神シヴァが仏教に取り入れられた姿だとされており、白い臥牛にまたがったお姿をしている。
境内には多くの臥牛があり、撫でることでご利益を与えてくれる存在として崇められている。頭が良くなるように牛の頭を撫で学問成就を願う、また足に不調があれば足を撫でる。私も何頭かの牛の像の頭を一所懸命撫でた(これから良くなることは無いと思うが、ボケ防止を願いつつ)。













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