西本願寺


御影堂
阿弥陀堂
唐門

 京都市下京区堀川花屋町。浄土真宗本願寺派の本山。世界遺産。1272年に親鸞聖人(1173-1263)の廟堂として創建。
「西本願寺」は通称。宗教法人としての名称は「本願寺」。正式名称は「龍谷山本願寺」。
 第11世法主の顕如(1543-1592)が豊臣秀吉から寺地の寄進を受け、1591年に大阪天満から現在の場所へ移転させた。
 浄土真宗は鎌倉時代 親鸞聖人によって開かれた。ご本尊は阿弥陀如来で、本願寺の「本願」とは、阿弥陀如来の「あらゆる人を救う」という願いのこと。

 室町時代から戦国時代に(本願寺の東西分派以前)、門徒が北陸、近畿、東海で起こした一揆は「一向一揆」として有名。この一揆を起こした門徒は、浄土真宗本願寺派の僧侶、武士、農民等。
 なお、もともと本願寺は現在の西本願寺の場所にだけあったが、1602年関ヶ原の合戦後に徳川家康が教如上人に烏丸六条に寺地を与え、ここにも本願寺ができた。したがって1602年に本願寺が東西分立した。家康の家臣の本田正信は、「本願寺は表方(准如派)と裏方(教如派)に分かれている」と言っている。

 西本願寺は、東側の門を入ると、左に親鸞聖人像を安置した「御影堂(ごえいどう)」、右に阿弥陀如来像を安置した「阿弥陀堂」の二つのお堂が並ぶ。二つは国宝。他に唐門、白書院、黒書院、飛雲閣などが国宝。
 御影堂は世界最大級の木造建築物。また、多くの建物は桃山文化を代表する建造物。

 とにかく寺が大きいことに驚いた。しかも、京都の多くの寺で取られる拝観料などは無くて、御影堂も阿弥陀堂も自由に入ることができる。世界遺産であるにもかかわらず、とても開かれていて、生きた現役の寺という印象を受けた。

 御影堂を参詣したら、帰敬式(ききょうしき)の式の最中だった。
 帰敬式とは、「おかみそり」ともいい、一般の門徒の人が、お釈迦様の弟子となり、仏教の教えを人生の指針とすることを誓う出発の式。親鸞聖人、阿弥陀如来、親鸞聖人の前で合掌礼拝ののちに、偉いお坊さん(導師)が門徒の頭に3回かみそりを当てる。実際に髪をそるのではなく象徴的な行為。
 どこかのお寺の住職だと思われる男性とその奥様が帰敬式を受けていた。これをすると、導師から「釋○○(しゃく○○)」という合計漢字三文字の法名が授与される。冥加金は、成人一人10,000円。法名とは仏教徒としての名前を表す言葉だが、「法名」と呼ぶのは浄土真宗だけで、他宗の多くは「戒名」という。
 受けるお二人は決意の言葉を述べられていた。親鸞聖人の教えに従い、宗教を広め、人々や社会のために尽くします、と誓われていた。
 このような儀式を初めて見て勉強になったし、また儀式がだれに対しても公開していることに驚いた。

太鼓楼
阿弥陀堂門
経蔵(奥はブックセンター)
阿弥陀堂
阿弥陀如来像
阿弥陀堂
親鸞聖人像
天の邪鬼(あまのじゃく)
阿弥陀堂(手前)と御影堂(奥)
大玄関
龍虎殿
大銀杏
寺を出て伝道院に行くまでの門前街
伝道院

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